年末年始をメルボルンで過ごして|義母との再会と、今の私

年末年始をオーストラリア・メルボルンで一人で過ごし、
年越しのカウントダウン花火を見に行った。

そこから今日まで、
突然のお誘いであっても断ることなく走り続け、
9日目にして、やっと一息つける夜。

振り返ることをしたくないのか、
それとも敢えて振り返れない環境を作っているのか。
とにかく毎日、無我夢中で駆け巡っている。

辰巳天井、馬尻下がり。
アノマリーはどうなるのか。
1月相場は良さそうだ、そんなことを考えながら。


改めて考えてみると、再会は7年ぶりだった。
在宅での緩和ケアを受けていた義母。

離婚という出来事を経ても、
それでもなお「会いたい」と何度も伝えてくれた。

かつて新宿の街を、
目をつぶっても歩けるほど案内してくれた人。
夕飯を作らなくていいように、毎回伊勢丹でおかずを買い、
タクシーで送ってくれた。
そのまま一緒に家まで来て、夜中まで過ごしたこともあった。

私の前では、いつも私の味方だった。

そんな義母が危篤だと聞き、
最後に会うことができた。

まだ、ともしびは消えていない。
けれど病室は人数制限もあり、
もう「他人」である私は、
その場にふさわしくない存在なのだと思う。

それでも最後に、
「会いたい、会いたい」と何度も言ってくれたことを、
今はただ、ありがたく受け取っている。

本当に、
私を大切に思ってくれていたのだと、
静かに、しみじみと思う。
深い感謝と、静かな祈りを込めて。


人生は、思っている以上に儚い。

だからこそ、
自分がどれだけ健康で、
どれだけ人生を謳歌できるのか。
そんなことを、自然と考えるようになった。

まだまだ若いと思っていたけれど、
果たしてどうなんだろう。

本当に私を大切にしてくれる人と向き合おうと、
改めて思った。


楽しみにしていた大発会は、
仕事が入り、結果的に手付かずのままだった。

私は、相場と向き合う時間が心から好きだ。
数字と静かに向き合い、
自分の判断に責任を持つ。
あの時間は、私にとってとても正直な時間でもある。

一方で、
「ビジネス」という言葉の使われ方に、
立ち止まって考えることが増えた。

思うように進まないこともあり、
自分の向き合い方を見直す場面が増えた。

そんな時間を通して、
自分がどんな距離感で関わりたいのか、
少しずつ整理するようになった。

だから今年は、
自分のリズムや温度感を、きちんと守っていこうと思う。

無理に合わせない。
期待しすぎない。
その代わり、自分が納得できる場所に、
自分のエネルギーを注ぐ。

オンラインよりオフライン。
受動的より能動的に。

そんな一年にしたい。

焦らなくていい。
私には、私のリズムがある。

評価は、自分でいい。
もう、振り回されたくない。

やっと、自分のやりたいことが見えてきた。

今年は飛躍の年に、どうぞよろしくお願いします。

— atayc