手放すことは、勇気ではなく解放だった|人生を再設計するという選択

書くことが好きだ。こうして言葉を指先から紡ぎ出していると、絡まった糸がほどけていくように心が整理されていく。

私はこれまで、自分のことを「過去を振り返らない人間」だと思っていた。終わったことには執着しない。次へ、次へと進むタイプだと。

でも最近、ふと気づく。実はものすごく深く、深く考えている自分がいることに。それは後悔や未練とは少し違う。人の気持ちが痛いほどわかってしまうから、その痛みを何度も自分の中で反芻して、納得できる場所を探しているのかもしれない。

世の中には、「数字」や「効率」こそが正義だという世界がある。もちろん、ビジネスである以上それは正しい。

けれど、数字を追いかけるあまり、目の前の人の心が見えなくなってしまうなら、私はそのレースから降りたいと思う。「甘い」と言われるかもしれない。「それでは勝てない」と笑われるかもしれない。

でも、誰かを踏み台にして得る数字より、たった一人でも「あなたの生き方が好きだ」と言ってくれる共感の方が、今の私にはずっと価値がある。

過去に2回、子どもたちと世界を一周した。あの時は、親としての責任や、すり減った自分を修復することに必死だった。

もし3回目の旅に出るなら、今度はもっと静かな旅にしたい。地図上の距離を稼ぐのではなく、自分の人生を「再設計(リデザイン)」するための旅。観光名所を回らなくてもいい。日本にいても、世界のどこにいても、心を震わせる出会いに飛び込んでいきたい。

何かを握りしめているときは、それを手放すのが怖くてたまらない。「これを失ったら私には何もない」と思ってしまう。

でも、いざ手放してみると気づく。それは「勇気」なんて大層なものじゃなくて、ただの「解放」だったんだと。

手放して空っぽになった両手は、軽い。そこには、まだ見ぬ新しい未来を受け取るためのスペースが、驚くほど広がっている。他人の定義したゴールではなく、私が心地よいと感じる場所へ。

私の旅は、まだこれからだ。