頂点じゃなくて、
ここからどう生きるか
50歳、頂点じゃなくて、
ここからどう生きるか
離婚して50歳になって、人生の折り返し地点だって、どこかで思っていた。
でもふと気づいた。
これは横に伸びる折り返しじゃなくて、ピラミッドの頂点みたいなものなんじゃないかって。
ここからは下り坂。気力も体力も、心がけ次第でゆるやかにも、あるいは加速度を増して落ちていくのかもしれない。
経理事務を20年やってきた。
そう言えば聞こえはいいけれど、実際は元夫の会社で、緩く働いていただけだった。
24歳で結婚してから、私の世界はとても狭かった。子どもと夫、そしてその周りの人たち。それ以外の社会と、ほとんど接点がなかった。
今日は八百屋のおじさんとしか話していない、そんな日も普通にあった。
若い頃はワンオペ育児だった。気づけば「外で一人で生きる」という感覚がわからなくなっていた。
離婚してから働こうとしたけれど、うまくいかなかった。
満員電車に揺られて、慣れない職場で働いて、帰ってきたら子どものお弁当箱を洗って、犬の散歩をして、また寝て起きて仕事。
その繰り返しに、心も体もついていかなかった。
みんなこうやって生きているのに、と思っていた。でも私には、それができなかった。
子どものためにと思って頑張っていたけれど、その子どもとも、価値観も話す言葉も違う。共感してもらえる場所が、どこにもなかった。
全部、自分だけで背負っていた。
年齢だけ重ねて、キャリアもない、覚えも悪い。そんな自分を、どこかで責めていた。
それでも生きていかなければならなくて、自分なりの答えを出した時期がある。
正解だったかどうかは、今でもわからない。ただ、あの選択がなければ今の私はなかったとも思っている。
疲れているのに眠れなくて、気づけば何も考えないまま一日が終わっていく。涙は出るのに、そこに感情がついてこないような感覚。ただ、こぼれていくだけ。
しばらくして、その場所を離れた。
今は違う形で、自分のペースで社会と関わっている。完全に正解とは言えないけれど、あの頃よりずっと、自分でいられる気がする。
残りの人生、好きなことをして
生きていきたい。
子どもたちのために、できることはやってきたと思う。だからこれからは、自分のことを考えてもいいんじゃないかと思っている。
一人は寂しい。でも、誰かに依存して生きるのも違う。
これから先、誰かと一緒に生きる未来があったとしても、それは「委ねる」のではなく、「並んで歩く」ものでありたい。
人は老いていく。それは確実なこと。だからこそ、どう生きるかを、自分で選びたい。
誰に笑われてもいい。自分がいいと思える人生を、自分で選びたい。
そして、できればその隣で一緒に笑ってくれる人がいたら、それはきっと、とても幸せなことなんだと思う。
